7章 生殖補助医療について
11どのような場合に体外受精や顕微授精が行われるのでしょうか
体外受精とは、卵子と精子を採取し、通常は体内で行われる受精を体外で行う治療法です。通常は、腟から針の付いた器具を挿入し、超音波で確認しながら卵胞に針を指し、卵子を採取(採卵)します(イラスト)。卵巣の位置などによっては、お腹の上から針で刺して採卵する場合などもあります。次に、採精した精子と受精させ、受精卵(胚)を培養して子宮内に移植します。
以下のような場合において体外受精が行われます。
卵管性不妊症
感染や子宮内膜症などによる卵管閉塞や卵管に対する手術などにより、両側の卵管機能が失われている場合です。卵管に詰まりなどの異常がないかを調べるには、以下のような検査が行われます。また、検査で異常があっても、実際には卵管の通過性に問題がないことや、軽度な異常であれば手術により自然妊娠や一般不妊治療で妊娠が望める場合があります。
(1)子宮卵管造影検査
子宮内に挿入したチューブから造影剤を注入し、子宮から卵管を通り腹腔内に造影剤が流出する様子をレントゲンで撮影します。卵管の通過性と子宮の形態的な異常の確認ができます。
(2)腹腔鏡下卵管通色素検査
腹腔鏡下手術を行う際に子宮内に挿入したチューブから色素液を注入し、子宮から卵管を通り腹腔内に流出する様子を直接観察します。
(3)卵管通水検査
子宮内に挿入したチューブから生理食塩水等を注入し、子宮から卵管を通り腹腔内に流出した液体を超音波検査で観察します。
重度の男性不妊症
診察と検査を婦人科もしくは泌尿器科で行います。原因によっては、薬物治療や手術により改善する場合があります。
一般不妊治療で妊娠が成立しない
タイミング法や人工授精を複数回行って妊娠が成立しない場合は、体外受精にステップアップします。体外受精は、原因不明の不妊に有効であることが確認されています。また、女性の年齢、不妊の原因、治療法などにより、治療の効果は異なります。例えば、国内の出生率*のデータでは女性の年齢が30歳未満の場合は出生率が36.6%であるのに対し、43歳以上では4.6%と大きく低下します。
*胚移植あたりの出生率(%)
顕微授精
重度の男性不妊である場合や、TESE(精巣内精子回収法)やMESA(精巣上体精子吸引法)という方法によって採取した精子を用いる場合には顕微授精を行います。また、通常の体外受精では精子と卵子の受精障害を認める場合に顕微授精を行うことがあります。
顕微授精は体外受精のひとつで、運動が良好な精子を1つ選別し、微細なガラス針を使って採卵した卵子に精子を注入して受精させる方法です。顕微鏡を使用して人工的に卵子と精子を結合させるため、このように呼ばれています。顕微授精にはいくつかの方法がありますが、現在では卵細胞質内精子注入法(intracytoplasmic sperm injection:ICSI)という方法が一般的です。
調節卵巣刺激法の主な方法
卵子を確保するための調節卵巣刺激法には、薬剤の使い方に関して、いくつかの代表的な方法があります。現段階ではロング法、ショート法、アンタゴニスト法、PPOS(Progestin-primed ovarian stimulation)法などの方法が行われています。概要は以下の通りです。
(1)ロング法
採卵を行う前周期の黄体期中期よりGnRH アゴニスト製剤を用いて、下垂体ホルモンの抑制により排卵を抑制します。月経開始後よりゴナドトロピン製剤で卵巣刺激を行い、20mm 程度に卵胞発育した段階で、採卵前にLH 作用のあるトリガー(主にhCG 製剤)を用います。排卵する可能性が低いことと日程の調整がしやすいなどのメリットがありますが、注射量が多くなるなどのデメリットがあります。
(2)ショート法
月経2~3日目からGnRH アゴニストとゴナドトロピン製剤をほぼ同時に使い、卵胞発育した段階でトリガーとしてhCG 製剤を投与します。GnRHアゴニストによるフレアアップも卵胞発育に寄与させることができます。
(3)アンタゴニスト法
消退出血2~3日目頃からゴナドトロピン製剤を用いて、6日目(fixed protocol)もしくは主席卵胞径が13~16mmに達した時点(flexible protocol)でGnRHアンタゴニスト製剤を用いて排卵抑制を行います。トリガーはhCG 製剤もしくはGnRHアゴニスト製剤を用います。ロング法よりもOHSSの発症率が低いことなどの特徴があります。
(4)PPOS法
排卵後に卵巣から分泌される黄体ホルモン(プロゲスチン)に排卵を抑制する効果があることを利用した方法です。月経2~3日目頃からゴナドトロピン製剤と同時にプロゲスチン製剤の内服薬も併用します。GnRHアンタゴニスト製剤よりも安価ですが、新鮮胚移植はできないため、全胚凍結となるなどの特徴があります。比較的新しく考案された調節卵巣刺激法ですが、広く用いられてきています。
【参照生殖医療ガイドラインCQ】
CQ3:体外受精・顕微授精の至適試行回数と適格条件は? 体外受精・顕微授精は妊娠成立に有効か?
CQ4: 直接体外受精・顕微授精に進んでよい場合は? 卵管両側閉鎖や重度男性不妊症例(精子濃度100 万/mL 以下など)に対する一般不妊治療は無効か? 体外受精・顕微授精が有効か?
12卵巣予備能検査とはどのような検査なのでしょうか
卵巣予備能とは、卵巣に残る卵胞(卵子)の数を指します。妊娠率の高さを直接示すものではありませんが、採卵時に採取される卵子の数などを反映するため、治療法を選択するうえでひとつの指標となります。一般的には、年齢・ホルモン検査・卵巣予備能検査などを考慮して、治療法を選択することになります。体外受精においては、採卵数を増やすために、卵巣刺激剤(排卵誘発剤)を使って複数の卵胞を発育させる「卵巣刺激法」が行われています。卵巣刺激剤には注射製剤(ゴナドトロピン製剤)や経口で内服する製剤がありますが、卵巣予備能検査はそれらの薬剤の種類や量などの使い方を考えるうえでの指標となります。
卵巣予備能検査の種類
胞状卵胞数検査(antral follicle count:AFC)
胞状卵胞とは、グラーフ卵胞または成長卵胞とも呼ばれ、発育の可能性が高い(約2~10mm)の卵胞です。月経中に、超音波断層法検査により卵巣内にある胞状卵胞の数(AFC)を調べます。
抗ミュラー管ホルモン検査(anti-Müllerian hormone:AMH)
受精前の卵子は、顆粒膜という細胞に取り囲まれています。顆粒膜から分泌されるAMHというタンパク質の数値を調べることにより、成長する可能性のある卵胞がどの位存在するのか推定することができます。測定は6ヶ月~1年ごとが望ましいとされています。血液検査で測定できるため、月経周期に関係なく検査が可能です。
生殖補助医療は治療自体の身体的負担、頻回な通院、経済的負担など女性にさまざまな負担がかかる治療です。
採卵をできるだけ効率よく行うために、卵巣刺激を行う前の準備として卵巣予備能検査を行います。卵巣予備能検査によりゴナドトロピン製剤の投与量を調整して卵巣刺激を適切に行うと、反応不良による採卵キャンセルや反応過剰による卵巣過剰刺激症候群(OHSS)などの発生率を下げることができます。
【参照生殖医療ガイドラインCQ】
CQ6: 体外受精法の卵巣刺激における注意点は?(刺激前検査・前処置) 卵巣予備能の評価は卵巣刺激におけるゴナドトロピン製剤の量の選択に有効か?
13卵巣刺激法ではどのような薬が使用されるのでしょうか
卵巣刺激法では、効率的に卵子を獲得するためにゴナドトロピン(性腺刺激ホルモン)製剤や内服薬(クロミフェンクエン酸塩やレトロゾール)を使用します。ゴナドトロピンとは卵胞の発育・成熟や排卵などを促すホルモンの総称で、内服薬もゴナ
ドトロピンの分泌を増やすことで卵胞発育を刺激します。
それぞれの製剤は以下のような働きをします。これらの製剤を卵巣機能や合併症などの患者背景に合わせて使い分けることで、どのように治療効果・安全性を改善することができるか、現在も検討が続けられています。
卵巣刺激法で用いる薬の種類
卵胞を発育させる
- 卵胞刺激ホルモン(follicle stimulating hormone:FSH)
(精製下垂体性性腺刺激ホルモン、遺伝子組換えヒト卵胞刺激ホルモン)※1 - ヒト下垂体性性腺刺激ホルモン(human menopausal gonadotropin:hMG)
- クロミフェンクエン酸塩
- レトロゾール
卵子の成熟を促す
- ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(human chorionic gonadotropin:hCG)
- GnRH アゴニスト(ブセレリン酢酸塩)※2
排卵を抑制する
- GnRH アゴニスト(ブセレリン酢酸塩、ナファレリン酢酸塩水和物)※2
- GnRH アンタゴニスト(セトロレリクス酢酸塩、ガニレリクス酢酸塩)
- 黄体ホルモン(プロゲスチン)(ジドロゲステロン、メドロキシプロゲステロン酢酸エステル)
- ※1: 卵胞を発育させる卵胞刺激ホルモン(FSH)製剤には、hMGから作られた精製下垂体性性腺刺激ホルモン(urinary follicle stimulating hormone:uFSH)と遺伝子組換えヒト卵胞刺激ホルモン(recombinant FSH:rFSH)があります。しかし、rFSH製剤とuFSH製剤を比較して、どちらがより効果的なのかはまだ明らかになっていません。
- ※2: GnRH アゴニストは使い方によって、卵子の成熟を促す効果も排卵を抑制する効果もあります。
【参照生殖医療ガイドラインCQ】
CQ10: 体外受精法の卵巣刺激における注意点は?(卵巣刺激法・LH サージ抑制法・検査) FSH はhMG と比較して卵巣刺激に有効か?
14卵巣刺激法による卵巣過剰刺激症候群(OHSS)という副作用について教えてください
卵巣過剰刺激症候群(ovarian hyperstimulation syndrome:OHSS)とは、卵巣が過剰に刺激されたために卵巣が腫れて肥大し、血管内の脱水と腹水・胸水が貯留することにより引き起こされるさまざまな症状です。重症化すると、卵巣捻転や腎不全、血栓症など危険な合併症が起こるため、早期発見・早期対応が大切です。
卵巣過剰刺激症候群の原因
体外受精における調節卵巣刺激では、ゴナドトロピン製剤(hMG 製剤・hCG 製剤)などを用いて卵巣に複数の卵胞を発育させます。本人の卵巣機能が比較的良く、多くの卵胞が育つ場合や卵巣刺激が強い場合などにOHSSを発症することがあります。重篤な合併症を起こす可能性があるため、早めの対処が必要です。
一般不妊治療による排卵誘発でも発症しますが、より多くの卵子を得ることを目的とする調節卵巣刺激法の場合、その可能性はさらに高くなります。特に多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)やAMHが高値、OHSSの既往歴がある場合などは発症リスクが高いとされています。排卵誘発剤によるOHSSの発症頻度は全体の5%程度です。
卵巣過剰刺激症候群の症状
卵巣が腫れて肥大し、腹水が貯まるため、初期には腹部膨満感、体重やウエストの増加がみられます。病状が進むと腹膜の刺激による腹痛、吐き気、嘔吐などを自覚するようになります。さらに、血液の水分が血管から漏れて、血管内は脱水となり血液が濃縮されるため、喉の渇きや尿量の減少などが起こります。重症化すると命に危険が及ぶ腎不全や血栓症、肺水腫などの合併症を発症します。
次のような症状が見られた場合は、すぐに医師や薬剤師に相談してください。
- お腹が張る( スカートなどのウエストがきつくなった)
- 腹痛
- 吐気
- 急激な体重の増加
- 尿量の減少
15卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の予防とリスクについて教えてください
不妊症の原因の一つである多嚢胞性卵巣症候群(polycystic ovary syndrome:PCOS)の患者さんはOHSS が起こりやすいといわれています。OHSS 発症の危険性を把握したうえで、OHSS の予防や重症化を防ぐために適切な対策をとることになります。
発症の危険性を把握すること
まず、OHSSが発症しやすい状態かどうかを把握することが大切です。上述のようにPCOS 患者さんは発症リスクが高いとされています。そのほか、血中AMH 値が高い場合(3.4 ng/mL 以上)、卵巣刺激時の血中エストラジオール値が高い場合(3,500 pg/mL 以上)、胞状卵胞数が多い場合(24個以上)、採卵卵子数が多い場合(24個以上)などが、リスクが高い状態といわれています。
排卵誘発法、卵巣刺激法
PCOS 患者さんに対しては、一般不妊治療の排卵誘発法としてクロミフェンクエン酸塩よりもレトロゾールを用いた場合に出生率が良いとされています。PCOS患者さんで、肥満の場合や体内のインスリンの分泌量が少なかったり働きが悪かったりする場合には、糖尿病治療薬であるメトホルミン塩酸塩を併用して用いると妊娠率の改善がみられるという報告があります。生殖補助医療
GnRHアンタゴニスト法による治療
GnRH アンタゴニスト法では、卵子成熟を促す薬剤としてhCG製剤やGnRHアゴニストを用いることができますが、hCG製剤よりもGnRHアゴニストの方がOHSSの発症と重症化の予防に有効であると報告されています。
PPOS(progestin-primed ovarian stimulation)による治療
PPOSとは黄体ホルモンを併用した調節卵巣刺激法のことで、月経開始後から高濃度の黄体ホルモンを投与して排卵を抑制する方法です。黄体ホルモンは排卵後に黄体から分泌され、妊娠成立のために子宮内膜を調整しますが、同時に排卵を抑制する効果も持っています。PPOSでは、GnRHアゴニスト法やGnRHアンタゴニスト法と比較して、有意にOHSSの発症リスクが低いことが知られていますが、比較的新しい方法なのでさらなる検討が必要です。子宮内膜に影響を与えるため、PPOSは凍結融解胚移植における卵巣刺激に用いられます。
体外成熟(in vitro maturation : IVM)の実施
ゴナドトロピン製剤を少量投与するか、もしくは全く投与せずに小卵胞から未熟卵子を採取して育てる体外成熟(in vitro maturation : IVM)という方法を行います。IVMは卵巣を刺激するゴナドトロピン製剤をほとんど使用しないためOHSS の発生が非常に少なく、さらにゴナドトロピンの投与および頻回のモニタリングによる身体的、精神的、経済的そして時間的負担が軽減されることも大きなメリットとなっています。一方、小卵胞からの採卵が技術的に困難であること、成熟培養条件が十分に検証されていないことなどがデメリットとして挙げられています。
他にOHSSの発症や重症化を予防するため、低用量アスピリン、アロマターゼ阻害剤、アルブミン、カルシウム、ヒドロキシエチルデンプン製剤などの製剤を用いる場合があります。
【参照生殖医療ガイドラインCQ】
CQ 8: 体外受精法の卵巣刺激における注意点は?(卵巣刺激法・LH サージ抑制法・検査) high responder に対する卵巣刺激法
にGnRH アンタゴニストはGnRH アゴニストと比較して有効か?
CQ13: 体外受精法の卵巣刺激における注意点は?(卵巣刺激法・LH サージ抑制法・検査) progestin-primed ovarian stimulation
(PPOS)は原因不明不妊患者における卵巣刺激に有効か?
CQ14: 体外受精法の卵巣刺激における注意点は?(トリガー) IVF/ICSI 周期における卵子成熟と卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
回避にはGnRH アゴニストはhCG 製剤と比較して有効か?
CQ15:生殖補助医療に伴う卵巣過剰刺激症候群(OHSS) の発症や重症化の予防は? 介入治療はOHSS の予防に有効か?
CQ17:in vitro maturation (IVM) の適応と効果は? IVM は多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の患者の妊娠成立に有効か?
16卵巣刺激法の自然周期法や低刺激法とはどのような方法でしょうか
体外受精における卵巣刺激は、採卵する方法や使用する薬剤によって「Natural cycle IVF」、「Modified natural cycle IVF」、「Mild IVF」、「Conventional IVF(従来法)」に分類されています。「Natural cycle IVF」、「Modified natural cycle IVF」、「Mild IVF」の3つは自然周期採卵といい、従来法と比較して費用や卵巣過剰刺激症候群(ovarian hyperstimulation syndrome:OHSS)のリスクが軽減されるのではないかと期待されています。
Natural cycle IVF
薬剤を使用せずに月経周期によって採卵します。薬剤を使用していないので、卵胞の発育や排卵のタイミングを観察することが難しい方法です。採卵数は通常1個で、予測よりも早期に排卵が起こると採卵ができない場合があります。
Modified natural cycle IVF
採卵の成功率を高めるために排卵のタイミングを薬剤でコントロールする方法です。排卵を抑制するため主にGnRHアンタゴニストが使用されますが、鎮痛剤として使用される非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を使用する場合もあります。この方法による採卵数は通常1個です。
Mild IVF
1周期当たりの採卵数を増やしていくと、ある程度までは体外受精の成功率も高くなっていくことが報告されています。Mild IVF はクロミフェンクエン酸塩やレトロゾールなどの内服、FSH製剤やhMG 製剤などの少量投与によって採卵数を増やします。
近年、特に低卵巣反応の患者さんに対してクロミフェンクエン酸塩を用いたmild AVFやGnRHアンタゴニストを用いたModified natural cycle IVFは、Conventional IVF (従来法) と比較して出生率に差が見られなかったという報告があります。欧州生殖医学会のガイドラインでは低卵巣反応の患者さんにMild IVF の実施を推奨しています。
【参照生殖医療ガイドラインCQ】
CQ11: 体外受精法の卵巣刺激における注意点は?(卵巣刺激法・LH サージ抑制法・検査) 自然周期・mild ovarian stimulation は有効か?
17受精卵と胚の違い、また、胚の培養について教えてください
採卵により回収された卵子は、精子を用いて体外受精または顕微授精が行われ、受精卵となります。受精卵が発育し、2細胞期になると胚と呼ばれるようになり、胚移植または胚凍結までの一定期間体外で培養されます。現在は、受精卵を初期胚または胚盤胞まで培養し、子宮内に移植または胚凍結することが一般的な流れとなっています。最適な胚培養法を目指すことが、妊娠成立の重要な鍵とされています。
胚の培養に関わるさまざまな要因
胚の最適な培養環境には、培養液や酸素分圧などの化学的要因以外にも、温度やpH、胚の操作といった物理的要因が関わります。さらに、胚の発育に必要な栄養素は、初期胚とそれ以降で異なるといった条件の変化があります。このため、培養液の組成を変え、初期胚と胚盤胞と分けて培養するsequential mediaが主に使用されていました。近年では、胚が培養液中のエネルギー源を適宜選択するという考えから、すべての栄養素が入っている単一培養液single mediaが広まっています。
single mediaは培養液交換時の温度変化がないという利点、sequential mediaは培養液を交換することで胚の代謝物の蓄積を防げるといった利点があります。しかし、どちらかを推奨するための十分な結果は得られておらず、各施設の運用に合った培養法が行われています。
【参照生殖医療ガイドラインCQ】
CQ16:胚培養は妊娠成立に有効か?
18新鮮胚移植と凍結融解胚移植はどう違いますか
採卵した胚をそのまま移植する新鮮胚移植と、凍結した胚を融解して移植する凍結融解胚移植の妊娠・出生の予後を比較した研究では、累積出生率は変わらないと報告されています。以前は新鮮胚移植が主流でしたが、胚の凍結保存技術の向上、単一胚移植の普及などから凍結融解胚移植の割合が増えてきています。
新鮮胚移植
新鮮胚移植とは採卵、体外受精後に培養した分割期胚や胚盤胞を移植する胚移植法で、採卵から数日後(3~5日程度)に行われます。採卵前に子宮内膜厚が薄い場合、多数の卵胞発育があり新鮮胚移植後にOHSS のリスクが高いと判断される場合などに全胚凍結を行うことが検討されます。一方で妊娠までの期間短縮や費用面から新鮮胚移植が選択されることもあります。
凍結融解胚移植
凍結融解胚移植とは採卵、体外受精後に培養して育てた胚を液体窒素などによって凍結保存し、別の周期に融解して胚移植をすることです。卵巣刺激に対する卵巣の反応性が高い患者さん(high responder)は子宮内膜受容能(妊娠のしやすさ)の低下が起こりやすいため、全胚凍結法による凍結融解胚移植を行います。また、副作用予防の観点から卵巣過剰刺激症候群(ovarian hyperstimulation syndrome:OHSS)の発生リスクが高い患者さんに対しても有効な治療法と考えられています。
【参照生殖医療ガイドラインCQ】
CQ25:新鮮胚移植の有効性は?
CQ26:凍結融解胚移植の効果・安全性は? 凍結融解胚移植は新鮮胚移植と比較して有効か?
19新鮮胚移植の際の黄体補充療法はどのような目的で行うのでしょうか
体外受精の採卵周期では卵巣を刺激する薬剤を多量に使用するため、下垂体からの黄体化ホルモン(LH)の分泌が低下することや、採卵の際に顆粒膜細胞も吸引されてくることなどから、着床や妊娠の維持に重要なホルモンであるプロゲステロンが卵巣から分泌されにくくなります。
そのため、新鮮胚移植周期においては黄体補充療法としてプロゲステロン製剤を投与することが望ましいとされています。黄体補充のためのプロゲステロン製剤投与方法には内服、腟坐薬、筋肉注射などがあります。
多くの研究により、新鮮胚移植におけるプロゲステロン製剤の投与は妊娠率や妊娠維持率の改善に大きく貢献していることが示されています。
【参照生殖医療ガイドラインCQ】
CQ24:黄体補充は有効か?(新鮮胚移植) 新鮮胚移植における黄体補充は生殖補助医療の成績向上に有効か?
20凍結融解胚移植における自然周期とホルモン調整周期はどう違うのでしょうか
凍結融解胚移植における治療法として、自然周期とホルモン調整周期があります。世界中の研究結果をまとめた報告により、凍結融解胚移植における自然周期とホルモン調整周期の出生率・多胎率・流産率を比較したところ、いずれにおいても明らかな差が認めませんでした。一方、2014年の日本における不妊治療の成績に関する報告では、妊娠率・出生率・流産率のいずれにおいても、自然周期の方がホルモン調整周期よりわずかに成績が良好と報告されました。
自然周期
自然周期では黄体化ホルモンサージ(LHサージ)の後の自然な排卵に合わせて、凍結胚を融解して胚移植を行います。自然周期のメリットは、内服や注射など薬剤の使用が少なく、副作用や費用が軽減できる点です。
ホルモン調整周期
ホルモン調整周期では、エストロゲン製剤やプロゲステロン製剤を使用して人工的に子宮内膜の状態を変化させて胚を受容できる状態を作り、適切なタイミングで凍結胚を融解して胚移植を行います。ホルモン調整周期のメリットは、胚移植を行うスケジュールが調整しやすい、受診回数を軽減できる点などです。
【参照生殖医療ガイドラインCQ】
CQ27: 凍結礁解胚移植におけるホルモン調整周期は、自然周期に比べ優れているか? 凍結融解胚移植におけるホルモン調整周期は、自然周期と比較して有効か?
21胚移植で移植する胚の適切な数というのはあるのでしょうか
生殖補助医療が進歩し融解胚の生存率が格段に向上したこと、また複数胚移植による多胎妊娠数が著しく増加したことから、世界各国で多胎妊娠防止のための移植胚数に関するガイドラインが作成されてきました。日本生殖医学会でも、下記に示すように2007年3月に「多胎妊娠防止のための移植胚数ガイドライン」が作成されています。
また、2008年4月には日本産科婦人科学会から「生殖補助医療における多胎妊娠防止に関する見解」が発表され、移植する胚は原則として1つとするという単胚移植推奨の見解が示されました。
多胎妊娠防止のための移植胚数ガイドライン」(日本生殖医学会)
- 移植胚数を3個以内とすることを厳守する。
- 多胎妊娠のリスクが高い35歳未満の初回治療周期では、移植胚数を原則として1個に制限する。なお、良好胚盤胞を移植する場合は、必ず1胚移植とする。
- 前項に含まれない40歳未満の治療周期では、移植胚数を原則として2個以下とする。なお、良好胚盤胞を移植する場合は、必ず2個以下とする。
- 移植胚数の制限に伴い、治療を受けるカップルに対しては、移植しない胚を凍結する選択肢について、各クリニックにおいて必ず提示する。
【参照生殖医療ガイドラインCQ】
CQ20:適切な移植胚数は? 単胚移植(single embryo transfer, SET) は多胎妊娠抑制に有用か?