9章 反復着床不全について

Q26子宮内膜胚受容能検査とは、どういう場合に受ける検査でしょうか

良い胚を繰り返し移植しても着床が成立しない反復着床不全の場合は、子宮内膜胚受容能検査(endometrial receptivity analysis:ERA)を受けることになります。その結果に基づき、個別化胚移植(personalized Embryo Transfer:pET)を行います。得られる胚の数が限られている場合にもpET が行われます。

着床の窓

ERAとは、子宮内膜の細胞を採取し、細胞の遺伝子によって着床しやすい時期「着床の窓」を調べるための検査です。患者さんごとに「着床の窓」を検出し、それに合わせて胚移植を行うことを個別化胚移植、pETと言います。

反復着床不全の原因は、胚の着床を制御する子宮内膜の異常といわれています。子宮内膜には胚着床を正常に受け入れる「着床の窓」と呼ばれる時期があり、この時期には正常に着床が成立します。しかし、それ以外の期間では正常な着床が起こることはないとされています。着床の窓となる時期は排卵後の分泌期中期で月経周期の19~22日目頃とされていますが、個人によってタイミングが異なると考えられています。子宮内膜胚受容能検査により、個々の患者さんの着床の窓のタイミングを知って妊娠率向上を図ります。

検証が必要とされるpET

反復着床不全の患者さんにおいて、子宮内膜胚受容能検査により「着床の窓」のずれが約26%(85人中22人)に認められたという研究結果があります。そして、反復着床不全ではない不妊治療患者さんに対し、pET を行うことで妊娠率・出生率が改善したという報告があります。そのため、反復着床不全の患者さんや、反復着床不全ではないが採卵数・胚数が限られている患者さんの場合は、ERAの検査結果に基づいたpETを考慮しても良いとされています。

しかし、個別化胚移植が本当に不妊治療を行う患者さんの妊娠率・出生率を改善させるのかはまだ明らかになっておらず、今後のさらなる研究が必要です。

【参照生殖医療ガイドラインCQ】

CQ29:反復着床不全に子宮内膜胚受容能検査は推奨されるか? 子宮内膜胚受容能検査は不妊治療に有効か?

Q27子宮内細菌叢検査は、不妊症の治療に有効でしょうか

この検査は、不妊症の原因として慢性子宮内膜炎が疑われる場合に行われます。子宮内細菌叢と妊娠の関係はまだわかっていませんが、ラクトバチルス属(乳酸菌の一種)が多い場合は子宮内細菌叢が良好な状態と考えられています。

子宮内細菌叢(子宮内フローラ)

細菌は病気の原因となるだけではなく、私たちの体内で細菌叢(フローラ)を形成し、健康を維持する役割を担っていると考えられています。近年、腸内細菌叢(腸内フローラ)が広く知られるようになりましたが、細菌叢は腸以外にも、皮膚、口腔内、腟内で確認されています。以前、子宮は無菌状態だと考えられていましたが、科学技術が発達したことで子宮内にも細菌叢があることがわかってきました。人の細菌叢を構成する細菌は、決まった臓器に存在するため「常在細菌叢」と呼ばれ、免疫などの健康を保つために重要な役割を果たしているといわれています。

子宮内細菌叢検査は、子宮内に金属製の匙やプラスチック製の細い吸引器具を入れ、子宮内膜の細胞や子宮内腔の液体を採取して行われます。採取した検体に含まれる細菌を調べて、細菌叢を構成する細菌の種類、異常の有無などを確認します。

検査後の治療

不妊症や婦人科疾患と子宮内細菌叢との関係については、まだすべてが明らかになっていません。しかし、乳酸菌の一種であるラクトバチルス属が多い子宮内細菌叢が良好な状態だと考えられています。不妊治療を受けている患者さんの子宮内細菌叢を調べたところ、ラクトバチルス属が90%以上の患者さんは、90%未満の患者さんと比べて着床率、妊娠率、出生率などが良好であったという報告があります。

子宮内細菌叢のラクトバチルス属が少ない場合は、抗菌薬や乳酸菌製剤などにより子宮内細菌叢を改善する試みがなされていますが、明らかに有効とされる治療法はまだありません。現段階では、子宮内細菌叢と妊娠の関係には不明な点が多く、今後さらなる研究が必要な状況となっています。

【参照生殖医療ガイドラインCQ】

CQ30:子宮内細菌叢検査は生殖補助医療の成績向上に有効か?

Q28反復着床不全かどうかを調べる検査とはどのような検査でしょうか

妊娠には「ヘルパーT 細胞」という細胞が関連します。ヘルパーT 細胞には異物に反応する「Th1細胞」と、アレルゲンに反応する「Th2細胞」があり、この2つによって免疫のバランスを保っています。血液または子宮内膜でTh1とTh2の割合を検査すると、反復着床不全の診断に有効となる可能性があります。複数回の良好胚移植で妊娠が成立しない場合は、血液検査でTh1/Th2を調べることが検討されます。

妊娠の鍵となる免疫バランス

人間には体を守るため、外部から侵入しようとする細菌やウイルスなどに対して免疫反応が働きますが、こうした免疫反応は妊娠の成立にも大きく関係しています。胚が子宮に入ると、母体にとっては“異物”であるため免疫反応が起こります。しかし、母体の免疫反応を低下させることによって、異物である胚に対する免疫反応を起こさずに着床することが可能になります。通常、妊娠時は異物に反応するTh1の働きが弱まり、アレルゲンに反応するTh2の働きが強くなります。反復着床不全の患者さんでは、Th1/Th2の値が高くなるといういくつかの報告があります。

Th1/Th2は解明されていないことが多い

Th1/Th2の比率を調べるため、さまざまな方法が試みられています。しかし、血液検査での測定がいいのか、子宮内膜の検査がいいのか、また、いつ調べるのか、測定値はどの程度を正常と考えればよいのかなど、解明されていないことが多いのが現状です。Th1/Th2の測定が不妊治療や反復着床不全の治療に有効かは明らかになっていないため、今後さらなる研究が必要です。

【参照生殖医療ガイドラインCQ】

CQ32:反復着床不全に Thl/Th2 測定は推奨されるか?

Q29妊娠率や出生率を向上させる治療法はありますか

高濃度ヒアルロン酸を含む培養液は、妊娠率や出生率を向上させます。反復着床不全の方についても、妊娠成績を改善する可能性があります。しかし、SEET 法や子宮内膜スクラッチについてはまだ明確な治療効果が報告されていません。薬剤では低用量アスピリンとグルココルチコイドによる治療は有効である可能性があります。また、タクロリムスなどによる免疫抑制剤の使用も考慮されています。

高濃度ヒアルロン酸培養液

ヒアルロン酸は自然に存在する物質で、人の卵胞液や子宮内膜にも存在しており、水分を引き付けて組織を潤わせ、粘り気を出す作用を持っています。胚が子宮内膜に着床する際に、ヒアルロン酸が胚周囲の粘り気を高め、子宮内膜に結合しやすくする働きがあるのではないかと考えられています。胚は胚移植用の培養液に移してから移植しますが、胚移植用の培養液に高濃度のヒアルロン酸を加えると妊娠率や出生率が向上します。

初回の胚移植で高濃度のヒアルロン酸を含む培養液を使用した場合、低濃度ヒアルロン酸を含む培養液、あるいはヒアルロン酸を含まない培養液を使用した場合と比べて出生率が上がり、副作用や流産率などは変わらなかったという報告があります。また、43歳以下で4回以上胚移植に成功しなかった患者さんを対象とした研究でも、高濃度ヒアルロン酸を含む培養液を使用した場合は妊娠率・出生率ともに上昇したという報告もあります。これらの研究により、高濃度ヒアルロン酸を含む胚移植用の培養液には一定の効果があると考えられています。

SEET法

正常な着床には、胚と子宮内膜が互いに影響し合う相互作用が働き、それには胚から分泌されるタンパク質が関与しているといわれています。しかし、体外受精は受精と胚培養が子宮の外で行われるため、胚と子宮内膜の相互作用が不十分と考えられています。体外受精で行う胚培養では、培養液に胚から分泌されるタンパク質が含まれているため、培養液の上澄み液を胚移植前に子宮内腔に注入するSEET 法(stimulation of endometrium transfer法)が開発されました。

しかし、反復着床不全や初回の不妊治療の患者さんにおいて、SEET 法が不妊治療の成績を改善したという結果はまだ出ておらず、SEET 法の効果は現段階では結論が出ていません。一方で、SEET 法によって流産・早産・多胎・異所性妊娠・胎児奇形などが起こったという報告はなく、危険性は低いと考えられています。

子宮内膜スクラッチ

子宮内膜の一部に傷をつけ、妊娠率の向上を目指す方法です。傷が修復される過程では、胚が着床する際に分泌される物質と同じ物質が分泌されます。そのことから、子宮内膜に傷をつけることによって胚が着床しやすい状態となり、妊娠率が上がるのではと考えられるようになりました。

しかし、子宮内膜スクラッチにより妊娠率が上がるという報告がある一方、まったく上がらなかったという報告もあります。そのため、現段階では子宮内膜スクラッチが「妊娠率を高める可能性がある」とはいえず、「まだ明確ではない」としています。治療の対象者、治療のタイミングや回数、使用する器具の種類などについてもさまざま検証が行われていますが、「こういう場合に効果がある」といった一定の見解は得られていません。

薬剤による治療

反復着床不全の原因として、受精卵の異常や子宮内膜の異常などが挙げられます。子宮内膜の異常が疑われる場合、以下の薬剤が着床率を向上させる可能性があるといわれています。おおまかに血流を改善するものと、免疫系に作用するものがあります。

治療の有効性が期待されている薬剤

種類 働き 不妊治療における効果
アスピリン
(アセチルサリチル酸)
抗炎症・血管拡張・抗血小板※1の作用がある。消炎鎮痛で使用する際は高用量で、血液循環の改善で使用する際には低用量
(low dose aspirin:LDA) となる。
卵巣と子宮の血流を増やすことで、卵子の質を改善し、また子宮内膜を厚くして着床しやすくすることが期待される。
グルココルチコイド
(プレドニゾロン)
グルココルチコイドは副腎皮質ホルモンの一つで、抗炎症・血糖上昇作用などがあり、生命の維持に不可欠。プレドニゾロンはグルココルチコイドから作られる合成副腎皮質ホルモン製剤。 免疫細胞の代表格であるリンパ球の作用を抑制するため、子宮内膜が受精卵を受け入れる機能を上げることが期待されている。
  • ※1血小板:血液中に含まれる成分の1つで、出血を止める作用がある。抗血小板作用は、血小板の凝集を阻害する作用のこと。

以下の薬剤は、反復着床不全に対して有効である可能性が示されていますが、科学的なデータはまだ不十分で
あり、副作用の観点からも、使用にあたっては医師と十分に相談する必要があります。

使用が試されている薬剤

薬剤名 働き 不妊治療における効果
ヘパリン 血栓塞栓症などに使用される抗凝固薬。副作用に肝機能障害やヘパリン起因性血小板減少症※2などがあるため、定期的な血液検査が必要となる。 抗凝固作用の他に、抗炎症・血管新生作用があるため、着床率を向上させる可能性がある。
タクロリムス 肝臓、腎臓、心臓などの臓器移植後の免疫抑制目的に使用される。 リンパ球の作用を抑制するため、子宮内膜が受精卵を受け入れる機能を上げる可能性がある。
ヒドロキシクロロキン マラリアの治療薬として長年使用されてきた。日本では全身性エリテマトーデスなど一部の自己免疫性疾患に保険適応がある。 抗血栓・抗炎症作用があり、免疫異常による反復着床不全に有効である可能性があるとされる。
免疫グロブリン 免疫抑制薬として用いられ、Th1/Th2比を正常化するなどの作用がある。 リンパ球の機能を安定させるなどの作用により、妊娠の成立・維持に役立つ可能性がある。
脂肪乳剤 大豆油と卵黄レシチンから成り、主に手術前後の栄養補給に使用される。 リンパ球を含む免疫系を安定させるなどの働きがあるとされ、着床不全に対して用いられることがある。
TNF※3阻害薬 関節リウマチ、ベーチェット病、川崎病、炎症性腸疾患など免疫系の疾患に使用される。 免疫系を安定させて抗炎症作用を発揮するため、着床不全に対して用いられることがある。
  • ※2ヘパリン起因性血小板減少症(heparin-induced thrombocytopenia: HIT):ヘパリンにより、血小板や免疫系に異常な活性化が起こり、血栓症やさまざまな臓器の障害を引き起こす。使用するヘパリンの種類によるが、0.1~数%の割合で起こるとされる。
  • ※3TNF:腫瘍壊死因子(Tumor Necrosis Factor)の略語で、免疫反応において重要な役割を果たす物質のひとつ。

【参照生殖医療ガイドラインCQ】

CQ31:反復着床不全に SEET 法は有効か? SEET 法は不妊治療に有効か? (反復着床不全に限らない場合)
CQ33:反復着床不全に高濃度ヒアルロン酸含有培養液は有効か? 高濃度ヒアルロン酸を含む胚移植用培地は不妊治療に有効か?
CQ34:子宮内膜スクラッチは生殖補助医療の成績向上に有効か?
CQ35:反復着床不全にタクロリムス・LDA 等の免疫治療は有効か? 危険性は? タクロリムス・LDA等は不妊治療に有効か?