8章 追加で行われる方法について
22タイムラプスインキュベーターとはどのようなものですか
カメラを内蔵した専用のインキュベーター(培養器)です。インキュベーター内をカメラで継続的に観察できるため胚を出し入れせずに済み、胚へのさまざまなストレスを軽減することができます。培養環境が安定しており、胚からより多くの情報が取得できるため、妊娠率と出生率が改善することが期待されています。
タイムラプスインキュベーターの機能
従来のインキュベーター(培養器)では定期的に胚を外に取り出して顕微鏡で成長を観察しますが、タイムラプスインキュベーター( 以下、タイムラプス)はカメラを内蔵しているため、培養中の胚を外に出さずに定期的に観察することができます。また、最近のタイムラプスには撮影した画像から胚の質を評価し、胚移植に適した高品質の胚の選択を支援するソフトウェアも搭載しています。
初期の卵割期胚が光を大量に浴びると、発育にマイナスの影響があることが示されています。しかし、タイムラプスでは胚への光の影響が最低限になるよう設計されていますので、インキュベーター外に胚を出して観察するよりも、光の照射量は少なくなっています。
タイムラプスの体外受精に対するメリットとして、以下の2つが挙げられます。
- 胚の発育を継続的に観察することが可能なため、通常の顕微鏡下での胚の観察に比べ、多くの情報が取得できる。
- 胚をインキュベーター外で観察しないため、安定した胚の培養環境が得られる。
まだ医学的根拠が不十分であり、さらなる研究が必要ですが、高品質な胚の発育と選択が期待されています。
【参照生殖医療ガイドラインCQ】
CQ18: 胚発育の評価にタイムラプスインキュベーターは有効か? タイムラプスインキュベーターは体外受精の成績改善に有効か?
23着床前診断(PGT-A)は妊娠率や出産率を改善するのでしょうか
現在のところ着床前診断のPGT-A について、妊娠率や出生率を改善するという明らかなデータはありません。
着床前診断の種類
着床前診断(preimplantation genetic test:PGT)は、体外受精で得られた胚から細胞を採取し、染色体や遺伝子に異常がないかを調べる検査です。PGT-A(PGT for aneuploidy)とは胚の染色体の数の異常の有無を検査して、異常がないとされる胚を移植することで、妊娠率・出産率を高めるのではということが期待されています。加齢により染色体の数の異常の割合は増加しますが、頻度の高いものでは21番染色体が3本(通常は2本)ある、21トリソミー(ダウン症)などがあります。
着床前診断は厳密な審査で認められた施設でのみ、受けることができます。希望すれば誰もが受けられるわけはなく、また検査を受けたからといって移植可能な胚が必ず得られるわけではありません。十分な説明と遺伝カウンセリングを受け、検査のメリットとデメリットをきちんと理解したうえで受診してください。
着床前診断には、以下の3種類があります。
種類 | 検査の目的と内容 | 対象 |
PGT-A | 胚の染色体に、数の異常がないかを調べるスクリーニング検査です。 |
|
PGT-SR | 胚の染色体に、構造の異常がないかを調べます。 夫婦いずれかに染色体構造異常が確認されている場合に行う検査です。 |
夫婦のいずれかに染色体異常があり、2回以上流産がある方 |
PGT-M | 胚に、単一遺伝子の異常がないかを調べます。重篤な遺伝性の病気が子供に伝わる可能性がある場合に行う検査です。 | 重篤な遺伝性の疾患※を持った子どもが生まれる可能性がある方 (※対象疾患は日本産科婦人科学会の規定による) |
反復流産への効果が期待されるPGT-A
2018~2020年に、日本産科婦人科学会により、着床不全と流産を繰り返す人を対象にしてPGT-A の効果を調べる研究が行われました。その結果、PGT-Aを実施したグループでは、実施しなかったグループと比較して、生化学的妊娠(妊娠判定が陽性でも胎嚢が見える前に妊娠が終了する)の減少と、移植あたりの出生率の向上が確認されました。
【参照生殖医療ガイドラインCQ】
CQ19:PGT-A の適応、有効性は? PGT-A は累積妊娠成績や周期あたりの妊娠率と流産率の改善に有用か?
24アシステッドハッチングのメリットとデメリットを教えてください
アシステッドハッチングについては妊娠率が向上するという報告があり、症例に応じて実施されています。ただし、多胎が増加するという報告もありますが、結論は出ていません。
アシステッドハッチングとは
排卵直後の卵子や受精卵(胚)は透明帯という膜で包まれており、多数の精子が侵入するのを防ぐ、受精した胚(受精卵)を保護する、といった役割があります。通常、胚は子宮内膜に着床する前に、透明帯を突き破って孵化(ハッチング)しますが、加齢や胚の凍結保存などが原因で透明帯が厚くなったり、硬くなったりすることがあり、孵化できない場合があると考えられています。アシステッドハッチングとは、透明帯を人工的に切開して孵化を補助することによって、妊娠率・出生率の向上を試みる方法です。現在、国内の多くの施設においてアシステッドハッチングが実施されていますが、海外では妊娠率を向上する明らかなデータがないことから推奨していない国もあります。
妊娠率の向上に効果があるという報告、またアシステッドハッチングの有無にかかわらず流産率に差がないという報告があります。特に、過去に胚移植で妊娠不成功だったケースや、卵細胞質内精子注入法(ICSI)の症例で有効とする報告があり、透明体を完全に除去する方法で有効という報告があります。
現時点では、アシステッドハッチングが有効であると考えられる症例にのみ行われています。
アシステッドハッチングのリスク
日本では2007年から全国の生殖補助医療施設で行われた治療法を登録し、その内容について分析を行っています。その結果や他の複数の報告などからアシステッドハッチングと多胎妊娠の関連が指摘されています。試験や分析方法によって結果に差があるため、まだ明確な結論は出ていませんが、アシステッドハッチングにより多胎妊娠が増加する可能性は否定できません。
【参照生殖医療ガイドラインCQ】
CQ21:assisted hatching は有効か? assisted hatching は生殖補助医療に有効か?
25人為的卵活性化処理(AOA)を行うと、受精障害が改善されるのでしょうか
カルシウムイオノフォアを用いたAOA(人為的卵活性化処理:artificial oocyte activation)は、顕微授精(intracytoplasmic sperm injection:ICSI)における受精障害を改善する方法として有効とされています。現在、ICSIとAOAの併用によって、胎児の先天異常や妊娠経過、新生児の健康状態が悪化するという報告はありません。
ICSIにおけるAOA
精子が卵子に侵入すると、精子から卵子活性化を促すタンパク質が放出されます。それを受け取った卵子の細胞内ではさまざまな反応が起こり、細胞分裂が次のステップへと進んでいきます。しかし、卵子活性化に障害があると、そのステップは滞ってしまいます。そのことがICSI 後の受精障害に影響すると考えられており、人為的に卵子活性化を引き起こすAOAという技術が開発されました。
AOA には、主に「機械的刺激」、「電気刺激」、「カルシウムイオノフォアやストロンチウムを用いた化学的処理」などがあります。
ICSI のみの場合と、ICSI とAOA を併用した(ICSI-AOA)場合で、受精率などに違いがあるかを比較検討しています。これらの治療法の中で、カルシウムイオノフォアを用いた併用療法がICSI のみと比較して受精率、胚盤胞形成率、着床率、出生率などの成績が向上することがわかりました。
AOAの安全性
AOA は卵子に対して人工的かつ直接的な影響を与えるため、AOA で妊娠・出産した場合の妊娠経過や児への影響について検証が必要です。ICSI-AOAを行った後の妊娠経過や児の状態を追跡したデータは限られていますが、現時点ではICSI-AOA によって児に異常が現れたり、妊娠経過が悪化したりといった報告はありません。しかし、まだ安全性が十分に確認されたとは言い切れず、症例の蓄積と検証が行われています。
【参照生殖医療ガイドラインCQ】
CQ23:人為的卵活性化処理は生殖補助医療に有効か? 人為的卵活性化処理の安全性は?