11章 不育症について
34不育症と診断されました。不妊症とはどう違うのでしょうか。また、原因は何でしょうか
不妊症は「妊娠が成立しない状態」であるのに対し、不育症(recurrent pregnancy loss)は、「生殖年齢の男女が妊娠を希望し、妊娠は成立するが流産や死産を繰り返して生児が得られない状態」で、2回以上の流産または死産の経験がある場合とされています。連続しない2回以上の流産・死産や、すでに元気な子どもがいても不育症となります。
不育症における流産
流産は10~15%の頻度で生じることが知られています。国内の報告では、流産歴2回以上の方は4.2%、流産歴3回以上の方は0.88%でした。正確なデータはありませんが、日本における不育症の患者数は少なくとも 30~50 万人程度と推定されています。
不妊症と不育症は異なります。流産を繰り返す場合は医療機関で相談するとよいでしょう。
なお、以下は不育症における流産に含まれません。
- 異所性妊娠(以前は「子宮外妊娠」と呼んでいたもの)
子宮内膜以外の異常な部位に受精卵が着床した妊娠のこと。 - 絨毛性疾患
妊娠時の胎盤をつくる絨毛細胞から発生する病気の総称。水ぶくれ状になった絨毛細胞が子宮内で増殖する胞状奇胎などが含まれる。 - 生化学的妊娠
尿検査や血液検査で妊娠反応陽性となったものの、超音波検査で胎嚢( 赤ちゃんの入った袋) などが確認できないまま流産(または月経が来るとも考えられる)となること。
生化学的妊娠は回数が増えるほど生児が得られる確率が低下するという報告があり、生化学的妊娠を3回以上繰り返す場合は、不育症に準ずる検査を行うことが提案されています。また、流産・死産の経験が2回未満であっても、抗リン脂質抗体症候群(リン脂質に対する抗体で、自己抗体の一つ)など、次の妊娠で流産・死産のリスクが高いと判断される場合は、不育症に準ずる検査を行うことが勧められています。
不育症の原因
流産には高年齢、これまでの流産回数、肥満、喫煙、過度のアルコール摂取が関連するといわれていますが、不育症全体の約65%は原因不明で、不育症の原因はまだはっきりとわかっていません。しかし、流産のリスクが高まる因子については複数考えられており、国内の研究では、以下の疾患が挙げられています。
表1 不育症のリスク因子毎の頻度
リスク因子 | 日本 | 諸外国 | |
子宮形態異常 | 7.9% | 12.6 – 18.2% | 生まれつき子宮の形に異常があるもので、状態によって早産・流産を繰り返すことがある。 |
甲状腺機能異常 | 9.5% | 7.2% | |
甲状腺機能亢進症 | 1.6% | (記載なし) | |
甲状腺機能低下症 | 7.9% | 4.1% | |
夫婦染色体構造異常 | 3.7% | 3.2 – 10.8% | 夫婦いずれかの染色体の構造に異常があると、卵子や精子の染色体に異常が起こることがあり、流産につながる。 |
均衡型相互転座 | 3.0% | 1.5% | |
Robertson型転座 | 0.7% | 0.3% | |
抗リン脂質抗体陽性 | 8.7% | 15.0% | 「抗リン脂質抗体」という抗体ができると、血液が固まりやすくなり血栓症を起こすことがある。 また、胎盤まわりに炎症が起き、流産・死産につながる。 |
第XII 因子欠乏症 | 7.6% | 7.4 – 15.0% | 生まれつき血液の凝固に関わる第XII 因子の活性が欠乏しており、出血しやすくなる病気。 |
プロテインS欠乏症 | 4.3% | 3.5% | 血液の凝固を妨げる作用に関わるプロテインSの活性が欠乏しており、血栓症が起きやすくなる病気。 |
リスク因子不明 | 65.2% | 43.0% |
- ※不育症管理に関する提言」改訂委員会編.不育症のリスク因子.不育症相談対応マニュアル」.2021
女性の年齢と流産
高年齢の女性は卵子の老化が起こるため、流産リスクが高まります。国内において不育症の人の年齢分布と出産時の年齢分布を調べたところ、不育症は35歳以上の女性で明らかに多く、35~39歳では25~29歳とくらべて流産率が2倍以上高いと報告されています。流産を繰り返す場合は、できるだけ早く不育症の検査を受けることが推奨されています。
35不育症は、どのような検査によってわかるのでしょうか
不育症の検査には、主に子宮形態検査、抗リン脂質抗体検査、夫婦染色体検査、内分泌検査があります。
子宮形態検査
不育症の方では、一般女性よりも先天性の子宮形態異常が多くみられ、流産率とも関係があることがわかっています。子宮の形に異常がないか、以下の方法で調べます。
検査 | 説明 | |
一次検査 | 経腟3D超音波検査 | 腟から棒状の機械(プローブ)を入れて、子宮の状態を調べます。立体画像で確認できる3D 検査は、診断精度が高く、最も推奨されている検査です。 |
ソノヒステログラフィー | 子宮内に生理食塩水を注入し、子宮腔を広げて子宮内を観察する超音波検査です。 | |
子宮卵管造影検査 | 子宮の入口に挿入した細い管から造影剤を注入し、子宮内の形や卵管の通りを確認する検査です。 | |
二次検査 (一次検査で子宮形態異常が疑われる場合に行う) |
MRI検査 | 筒状の機械の中に入り、磁気と電波で体内の状態を調べます。子宮の形を詳細に調べるのに有効です。 |
子宮鏡検査 | 子宮専用の内視鏡(カメラ)を使い、子宮腔内を目視で確認します。粘膜下子宮筋腫※が疑われる場合にも行います。 |
- ※粘膜下子宮筋腫:子宮の内側(子宮内膜の直下)にできる良性の腫瘍
抗リン脂質抗体検査
「抗リン脂質抗体」とは、細胞膜を構成する成分の一つであるリン脂質に反応する自己抗体のことで、血液が固まりやすくなる自己免疫疾患の原因となります。次の2点があると、「抗リン脂質抗体症候群」と診断されます。
- 血栓症または妊娠に伴う合併症がある
- 抗リン脂質抗体※の検査が、12週間以上の間隔をあけて、繰り返して陽性である
- ※ 抗β2GPI 抗体、β2GPI依存性抗カルジオリピン抗体、抗カルジオリピン抗体IgG、抗カルジオリピン抗体IgM、ループスアンチコアグラントなど。
夫婦染色体検査(Gバンド法)
夫婦それぞれの染色体の構造に異常があるかを調べる検査です。検査にあたっては十分なカウンセリングを受け、検査のメリット・デメリットを十分に検討したうえで、検査を受けるかを判断することが大切です。
内分泌検査
甲状腺機能異常や甲状腺自己抗体があると、流産・早産や妊娠合併症が起こりやすいことがわかっています。
甲状腺刺激ホルモン(TSH)、甲状腺ホルモン(fT4)というホルモンの分泌量を調べる「甲状腺機能検査」、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(抗TPO抗体)を調べる「甲状腺自己抗体検査」を行います。
絨毛染色体検査
流産時に行う検査です。胎児の染色体異常は流産の 60〜80% を占めることから有用性が高いと考えられています。保険適用外ですが(2022年2月現在)、2021年4月に先進医療として承認され、実施が可能になっています。絨毛染色体検査は、厚生労働省に届出をして認可された医療機関において受けることができ、一回 5万円を上限に助成が受けられます。
36不育症にはどのような治療法がありますか
不育症の治療には、原因によりさまざまな治療法があります。原因不明の場合は投薬などの治療をせず、心理的サポートを受けることで妊娠が継続できる可能性があります。夫婦染色体構造異常がない原因不明不育症に対しては、着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)の特別臨床研究が行われています。
子宮形態異常
子宮に形態異常があっても正常に妊娠が成立する場合もあり、すべてが治療の対象になるわけではありません。子宮形態異常に対する手術の効果については検証が続いていますが、子宮の内側に隔壁がある中隔子宮については、子宮鏡(内視鏡)による中隔切除術により妊娠率や流産率が改善するという報告があり、日本産科婦人科内視鏡学会の「産婦人科内視鏡手術ガイドライン」でも推奨されています。
抗リン脂質抗体症候群
抗リン脂質抗体症候群の場合、妊娠中から産褥期は血栓症のリスクが高くなります。これに対しては、低用量アスピリンとヘパリンカルシウムの併用療法が有効です。妊娠前からの低用量アスピリン投与は妊娠34週未満の早産のリスクを下げるという国内の報告があり、妊娠前または妊娠後早期から低用量アスピリンの使用が勧められています。
夫婦の染色体構造異常
夫婦の染色体構造に異常がある不育症では、十分な遺伝カウンセリングを受けることが大前提となります。治療方針は、染色体異常の種類などを考慮して慎重に検討されます。なお、流産や不育症の原因と考えられる染色体構造異常が見つかった場合、着床前診断(着床前胚染色体構造検査:PGT-SR)も選択肢のひとつとなります。この検査は、体外受精によって得られた胚の染色体構造に異常がないか、移植前に調べる検査です。
甲状腺機能異常
不育症の原因として甲状腺機能亢進症、甲状腺機能低下症が考えられる場合は、甲状腺専門医の下で適切な治療・管理を受け、内服薬を使用するなどして機能が正常になってからの妊娠が勧められます。甲状腺機能亢進症は、先天異常や早産、妊娠高血圧症候群のリスク因子でもあるため、妊娠後も継続した治療・管理が大切です。
プロテインS欠乏症
流産・死産の予防と母体の血栓症予防の観点から、治療の選択肢のひとつとして抗血栓療法があります。
第XII因子欠乏症
低用量アスピリン療法が流産予防に有効である可能性があり、治療法の選択肢のひとつです。
原因が特定できない
原因が特定できない場合は、それまでの流産が胎児染色体異常の繰り返しで起こった可能性が考えられます。投薬などの治療をしなくても、以下のような心理的サポートなどを受けながら妊娠が継続できる可能性が高いです。
テンダー・ラビング・ケア(TLC: Tender Loving Care)/ 支持的ケア(Supportive care)
不育症カップルの不安やストレスを軽減するために、夫婦や家族を対象として、妊娠が判明した時点から行われる心理的サポートです。流産・死産は人生の中でも重大な出来事であり、それによる悲しみ(グリーフ)は不安や抑うつにつながることもあります。流産・死産時のグリーフケアおよび妊娠中のTLC/ 支持的ケアは、精神的安定につながるだけでなく、妊娠継続にも有効とされています。
TLC/ 支持的ケアでは、主に以下のようなことが行われます。
- 妊娠 12 週までの予定を計画する
- 妊娠初期に通常より多く(週1回程度)の超音波検査を行う
- 症状があるときに超音波検査を行う
難治症例に対する治療法
リスク因子が不明の難治性症例に対しては、現在のところ有効性が明らかになっている治療法がありません。
また、低用量アスピリンとヘパリンの併用療法を行っても、生児獲得できない難治性抗リン脂質抗体症候群に対する治療もまだ確立されていません。治療を行っても再度、流産・死産となった場合、胎児・胎盤絨毛の染色体検査、胎児の解剖検査または遺伝子検査などにより、胎児側の因子の有無を調べるなどの対応があります。
着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)の臨床研究
着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)とは、体外受精によって得られた胚の染色体に数の異常がないかを、移植前に調べる検査です。夫婦染色体構造異常がない原因不明不育症に対し、2020 年1月から日本産科婦人科学会が主導する着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)の特別臨床研究が行われました。この研究の実施に先立ち、PGT-Aの有用性を検証する準備研究が行われましたが、胚移植あたりの妊娠率・出生率は増加して生化学的妊娠率(血液検査や尿検査でhCGの分泌が確認された状態)は低下しましたが、採卵あたりの出生率増加や流産率低下はみられませんでした。つまり、PGT-Aによって、妊娠する可能性の高い胚を早い段階(移植前)で見つけることはできますが、1回の採卵において最終的に子供を持てるご夫婦の数を増やすことはできない、という結果になりました。